あしげ日記:2021-4-4

あしげ日記

なぜ論文を出すのかと言えば、ある疾患に関してわからないことがあって、それに対する答えを自分が見つけたから出すわけです。そこがあいまいだと、なぜその論文を出したかの意義が不明瞭になります。

特に、自分のようにすでに治療成績を持っている手術法に関するレトロスペクティブな研究だと、その自分の手術法や治療成績が、今までの知見の中で欠けている部分をどのように埋めるのかをしっかり考えて書かないと、その価値は少ないものとなってしまいます。

その点、アキレス腱付着部症の論文は簡単ですね。今までの手術法は侵襲が大きすぎて問題点が満載、それを解決するために内視鏡手術を考えました、回復も早いし合併症も少ないし成績も良好です、というだけの話ですから。文献検索にしても、今までの術式の問題点を中心に拾って来ればよく、自分のデータ集計も、その点にフォーカスして集めればよいことになります。

問題は足底腱膜炎の方です。内視鏡手術の治療成績がいいことは今まで他の人たちが報告しているわけですから、そこに「うちの治療成績もよかったです」などと言ったところで、何の価値もありません。すると、内視鏡下足底腱膜切離術単体で報告することには何の意味もなさそうです。

足底腱膜炎の方をどういう論文にしたらよいか決めかねているのは、足底腱膜炎の手術法で何が問題になっているのか、自分自身はっきりして分かっていないからですね。「ある問題点に対する答えを自分は見つけました」という形に論文形式が決まってこないわけです。

では足底腱膜炎の手術法で問題となることは何でしょう。ひとつ手掛かりとなるのは、自分のところのデータとして持っている「内視鏡下足底腱膜切離術も内視鏡下骨棘切除術も大して治療成績が変わらない」ということです。

なぜ大して治療成績が変わらないのでしょうか。このことは、「足底腱膜炎の痛みの原因は何か」ということに結びついてきます。よくよく考えれば、どうして足底腱膜炎は痛いのか、よくわかっていません。足底腱膜がけん引されるから痛いのか、骨棘で足底腱膜が圧迫されるから痛いのか、骨棘に負荷がかかって骨棘骨折的になるから痛いのか、骨棘が神経を圧迫するから痛いのか、など、本当の意味で何が原因で痛いのかがわかっていません。

内視鏡手術的な問題点は少ないと思います。すでに低侵襲なので。それよりはむしろ、足底腱膜炎の病態に切り込んでいった方がよさそうです。そうすると、自分がデータとして持っている「足底腱膜を切っても切らなくても骨棘を削ればよくなる」という比較は、病態を考える上で貴重なデータとなりそうです。

論文のアウトラインが見えてきました。まずは、足底腱膜炎の病態はどこまでわかっているのか、また、今までの術式やら治療法やらがどういう病態をターゲットとしたものか、整理してみようと思います。またMendeleyでの文献探しに戻ります。

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