あしげ日記:2021-5-8

あしげ日記

今朝は早く病院に来て、足底腱膜炎の患者さんの郵送されてきたアンケートのデータを点数化する作業をしています。

よく「あとから取ったデータは思い出しバイアスがある」とは言われていますが、データを見ていると、それほど悪く言われるデータではないと感じます。その理由は、術前と術後で治療効果があったのかどうかを一番実感しているのは患者さん本人であるため、手術前はこのくらいの痛みで手術後はこのくらいの痛み、と一度に答えてもらったほうが、実感した差異に応じた整合性のある術前術後の評価が下せると考えられるからです。一方、外来での質問による回答は、たしかにライブで聞いたという意義はあるものの、その質問をした時点の「瞬間値」であるため、そのときの調子に左右されやすく、手術後を総括した値を必ずしも反映していない可能性があります。

自分の行っている探索的研究(「新しい治療法を見つける」という探索)においては、その研究の性質上、検証的研究(新しい治療法と既存の治療法の比較研究)のような厳密な研究計画に基づいたデータの採取(例えば、厳密に4週おきに受診してもらい、2年間決められた項目のデータを取り続ける、など)をすることはできませんので、データ採取に関して、より多くの「限界」(理想とはかけ離れた要素)を持っています。それゆえ、ある手法で行った測定が、測定に関する「限界」を踏まえた上で、科学的に妥当か、ということが問われることになります。その意味において、測定を理想的なものから遠ざけてしまう数多くのバイアスの中で、思い出しバイアスだけがそこまで大きく取りざたされることでもないだろう、と思うわけです。

特に「痛み」のような評価しにくい項目が重要となる「ある治療法の効果」などといったことに関しては、測定に関連した多くのバイアスの重みづけをした上で、その測定が科学的に妥当と言ってよいか、冷静に判断することが必要になると思います。

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